効果音に慣れ過ぎてしまっているかも

京都の映画村に行ったときに効果音のすごさと言うか、頭が効果音に慣れ過ぎてしまっているをまざまざと感じました。
村内では普通に歩いていても、時代劇によくあるパターンの寸劇などが行われるのが、楽しくて面白いのですが、いわゆる刀のつばぜり合いや人が斬られるシーンなどはあの独特の効果音はないためにちょっと違和感を感じてしまいました。
もちろん、現実には効果音のような派手な音が鳴るわけがないのは頭ではわかってはいますが、あの効果音が無いと静かな感じと物足りない感じがしてしまいました。
これなどは典型的な例であるかもしれませんが、効果音に慣れて過ぎているといういい方もできますが、頭がその効果音を要求しているのかもしれません。この場合にはこのような音が鳴るはずだとか、このような音が鳴らなければならないという先入観でしょうか。
いかにテレビなどの効果音がその感性に合っている効果音であるかを感じられた瞬間でもありました。